OFFICE Santa 対談

平田オリザ×鈴木あきら グローバル人材の育成は、いかにして可能か〜劇作家・演出家の創造力に学ぶ〜

劇作家の視点に学ぶ

:とすれば、初等中等教育のなかで基礎体力を養えなかった子供たち、今の大学生や新入社員に対して、何をどう指導していくのかということになりますが‥‥。

:大阪大学の大学院では最終的に半年間かけて、みんなで演劇をつくるクラスがあるんです。そこでの実例をちょっと紹介しましょう。
ある班、これは看護の人が中心の班なんですが、その班が考えてきたストーリーは次のようなものです。
主婦が認知症になった義理の母親を介護している。ところが、その過程で自分が乳がんになってしまった。それを家族にどう伝えるのか。伝える直前の15分くらいをドラマにする、というものです。
みんなでストーリーをつくり、役を振り分けていくんですが、やっぱり最初は全員、演劇の素人ですから、ものすごくステレオタイプなストーリーをつくってしまうんですね。お父さんが完全な仕事人間で、まったく言う事聞いてくれない。娘も不良とか、そういうのをつくってくるんだけれども、僕はそれじゃダメなんだよって説明します。
ドラマというのはそういうところには起こらない。本来、コミュニケーションの不全は、はっきりとした形では起こらない。今どき、とてつもないパワハラ上司とかセクハラオヤジなんてのはもうあんまりいなくて、「あの部長いい人なんだけど、あそこだけ気をつけてほしいんだ」みたいなことが積もり積もってコミュニケーション不全になるわけですね。非常に曖昧なとこでドラマは起こってるんです。

:確かに、平田さんの書かれる戯曲では、そうした「曖昧さのなかに潜むドラマ」が効果的に描かれています。

:それを生み出すためには、劇作家の視点や想像力から学ぶことが重要なんです。
それを説明するための例として最近よく使うのが、「難病の子供がいて、1億円の募金を集めればアメリカに行って手術が受けられる」っていうシチュエーションです。よくありますよね、こういう話。こういうのは、だいたい美談として報道されます。
でも、劇作家としての僕は、こんな美談を読むと、すぐにこの親がどんな職業だったら一番困るかなっていうことを考える。このお父さんがどんな職業だったら一番困るだろう。あるいは悩むだろうか? 一般的にすぐ出てくるのは医者ですね。確かに、これは多少悩むでしょう。それから政治家。なにしろ、日本では認可されていない手術が、アメリカにいけば受けられるんですから。これは政治システムの問題です。
それから、お父さんじゃなくてお母さんが風俗嬢というような設定もある。
それから、自己破産してたりするような、同情が買いにくい人が親であるという設定。こういうのもありでしょう。
でも劇作家としての僕の答えは、アフリカの難民の子供たちの救済をしているNGOのリーダーが父親だったら、という設定です。
要するに1億円集める能力も、ネットワークもある。でも、集めたその1億円があれば5000人、1万人のアフリカの子供たちを救えるわけですね。それを自分の子供一人のために使えるかどうか。
劇作家というのは、こういうことを日夜考えてるわけですから、酷い人間だと思われる。普通の人間はそんなことを考えない。考えちゃいけない。でも、今回はそんな劇作家の視点に立って、もう一度ストーリー構成を考え直してみてくださいっていうんですね。 そうすると、学生たちのつくるものもしだいに変わってきます。
お父さんはものすごくいい人で、「悪いね、うちの母親のために、お前にばかり苦労させて、ごめんね」ってずっと謝ってる。すごく理解があるから、土日の休みにはゴルフにも行かず一生懸命介護も手伝ってくれる。娘もすごい良い娘で介護も積極的に手伝ってくれる。だけど彼女は1カ月後に結婚が決まっていて、ドバイかなんかに行ってしまうことになってる。そんな状況のなかで、母親は悩む。みんな幸せなのにどうしよう。こんな時に、自分ががんになったなんて、とても言い出せない。
こんな風に、ものすごく劇的なストーリーが出来上がっていくわけですね。
ドラマは常に曖昧さのなかに潜んでいる。はっきりしたものだったらそこを叩けばいいんだけど、そういうものでもないんですよね。だから全体のシステムを気をつけていかなきゃいけないってことだと思うんです。

:平田さんに監修していただいている私たちの「ドラマメトリクス研修」の最大の特徴はそこにあります。
演劇の方法論を取り入れた教育・研修プログラムはほかにもあるんですけど、そのほとんどは演ずる側、俳優の技術やメソッドを中心としてプログラムがつくられています。つまり、自己表現の能力を磨くための演劇研修ですね。
ところが、ドラマメトリクスはそうではなく、劇作家や演出家の視点を取り入れることによって、現実の人間関係、コミュニケーションのあり方を探っていく。だから、唯一の正解というものを持たない研修なんです。唯一の正解を用意した瞬間に、それは単なるマニュアルに堕してしまう。

:そうですね。答えがない問い掛けや、答えが複数以上ある問い掛けについてみんなで話し合うことが大事なんです。それは、もうみんなもわかってることだと思うんです。だけど、そういう曖昧な問題をつくるのは実はとても難しい。そのことに関して、劇作家はプロなんです。オイディプスにしてもハムレットにしても、もの凄い悩むじゃないですか。人を悩ませることに関しては、劇作家は専門家中の専門家なんです。私たち劇作家の仕事は想像しやすいフィクションをつくることなんです。
そういうフィクションのなかに放り込まれると、本当に困っちゃうわけですね。真剣に悩む。だからこそ、鍛えられていくわけです。しかも、それが期間限定だからトラウマにはならず、スキルとして蓄積されていく。これは演劇的な手法を用いたジョブトレーニングの一つの醍醐味なんじゃないかなと思いますけどね。
ただ教える側にも高度な能力がいることは確かです。

:キャリアカウンセリングの現場経験でいうと、純粋にこの仕事で行き詰まってるから辞めますっていう人はほとんどいない。
その背景には必ず家族の問題があったり、夫婦の問題があったり、あるいは自分自身の性格上の問題がある。仕事のことで悩んでいるっていう表面的な訴えは、悩みという氷山の一角にしか過ぎない。でも、その背景を想像していくためには、豊富な経験と豊かな想像力が必要です。
それは一般の営業マンでも、今目の前にいる人の機嫌の悪さの背景にあるものを想像する力がないとダメだし、逆に想像する力がある人ほどいい仕事ができる。やっぱり鍛えるべきは、劇的な想像力なんだと思います。

:でも、これはすでに鈴木さんの方がたくさん経験されてることだと思うんですけど、そんなとき、企業の人はすぐに「どうすれば、すぐに結果が出ますか?」みたいなことを言いますよね。だけど、どうすればすぐに結果が出るかって、そんなことがはっきりしてるんだったら、うちに頼んでくる必要ないですよって感じがするんです。もっと時間をかけて組織全体の体質を改善していかなきゃいけない。コミュニケーション不全っていうのは、要するに言い出し兼ねたり、なんとなく言いにくいとか、言い出せないみたいなところにほとんどの問題が潜んでいる。それが日本人の場合、たまりにたまって、本当に極限になったときに、いきなり裁判だ、みたいなことになっちゃったりするわけですね。 そうならないためには、やっぱり時間をかけてシミュレーションしていくしかないんだと思います。

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