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第一回ゲスト:平田オリザ 日本人とコミュニケーションを巡る対話-中編-

平田:じゃあ、その文化の自己決定能力はどうやってつけるのかといえば、子どもの頃から豊かな芸術に触れたり、本物をちゃんと体験したりするしかないと思う。たとえば、さっきの男鹿半島の話でも、イタリアからシェフを連れてきて「しょっつる」でイタリア料理を作るって発想は、本当に子どものときからイタリア料理に親しんでないと出てこないじゃないですか。それは芸術も同じですよね。本物を体験してないとわからない。自分たちの良さだってそうです。自分たちの良さも潜在的にはあるんです。でも、自然の良さは自然状態ではわからないんですよ、近代人は。自然のすばらしさを認識するのは芸術を通じてしか、近代人は理解できない。だから芸術というのはどうしても必要なんですね。

 私たちがやっているアートワークショップを通したコミュニケーション教育もそうです。それが必要なのは明らかなんだけれども、東京の子どもたちはいくらでもそういうものを享受する機会に恵まれているにもかかわらず、地方の子どもたちはまったくそういう機会がない。もしこれを放っておいたら、どんどん地域格差が広がっていくに決まってますよ。だからどうしても公的支援でやっていかなければならない。本当に文化的格差の広がりは目を覆いたくなるほどです。教育の格差は140年かけてなくしてきたのに、文化的格差でもう一回地域格差が広がっていって、地方はどんどんどんどん疲弊しちゃうということなんですね。ダムや堤防ならまだマシで、日本中に大観音ができて人っ子一人通ってないということになっちゃう。

演劇教育の必要性

対談の模様鈴木:そのような文化教育の問題については、前から平田さんと話をしていたんですけれども、それがだんだん具体化してきて、現在、文部科学省の鈴木寛副大臣を中心に、全国の小・中学校に演劇教育を入れていこうというプロジェクトが動き始めています。そのためには演劇人や、アーティストが教育現場に積極的に関わっていかなければならないわけですが、その対価をきちんと支払うことで、純粋な表現行為だけでは生活していけない芸術家たちの収入を保障するというか、補完する。そのことによって、芸術家の自立を促進していくというプログラムが動き出してるんですよね。

平田:そうですね。今年度は施行で2億円という予算をつけてもらって、200校の小・中学校で演劇やダンスを通じたコミュニケーション教育が始まります。鈴木副大臣の構想としては200億円まで予算をのばしたい、と。200億あれば、ほぼ全国の小・中学校の子どもたちがプロのアーティストから演劇やダンスの授業を受けられるんですね。200億というと大きく聞こえるかもしれませんが、たとえば隣国の韓国では、わざわざそのための独立行政法人を作って、昨年度で900億ウォンの予算を組んでいます。900億ウォンといえば、日本円で80億円くらいですが、その予算を使ってほぼ三分の二くらいの学校でコミュニケーション教育が実施されていて、今年度か来年度くらいにはほぼ全校に広がる予定だそうです。韓国の場合は演劇やダンス以外に、伝統舞踊や映画とか陶芸も入っています。そのほかにアニメーションの制作とかも。日本も来年以降メディアアートとして映像を作ったりすることもやるんですが、そういうことを通じて、「文化の自己決定能力」を身につけられるような教育をやっていく。
今までの芸術教育でいうと、心を豊かにする情操教育みたいな感じだったんですけれども、もうそんなかったるいことを言っている場合じゃないんですよ。さっきの芦別のことを思い浮かべていただければわかるように、これをきちんとやらないと、その地域が死に絶えちゃうんです。要するに授業のなかでちゃんと先生に入ってもらって、コミュニケーション能力や異文化理解能力、特に観光教育というものをやっていかなければならない。これを演劇でやっている集団が京都とかにもあるんですけれども、すごく効果があるんですね。僕がこのあいだ行ったのは宇治なんですけれども、地元の小学生たちが、平等院の住職さんとか商店街の人とかお茶の生産者とかいろんな人に話を聞いて回って、それで自分たちで劇をつくるんですね。そのことによって、宇治に来る観光客、あるいは外国の方にどうやって宇治の町をアピールしていけばいいかということを学んでいく。観光がメインの産業になる地域の子どもたちにとっては、必要不可欠な能力ですよね。どうやって自分たちの文化をほかの人たちに伝えていくか。そういうときに、演劇とかダンスのような表現芸術は非常に強い力を発揮するんです。そういったことを今後数年間のうちに広げていこうという動きが、今、始まっているんです。これは民主党が野党時代からずっと勉強会を繰り返しやっていたので、すぐに予算がついて今年度から動き始めたんです。

鈴木:これからの子どもたちは小・中学校で演劇教育というものを受けて、コミュニケーション能力を身につけて成長していく。そして我々の世代はコミュニケーション教育が必要ではなかった。私たちの子ども時代には、まだ地域コミュニティが生きていて、周囲の大人たちからよってたかって叱られたり怒られたり、時にはひっぱたかれたりしながら、コミュニティのルールを覚えてきた世代なんで、ことさらなコミュニケーション教育なんて必要じゃなかったわけです。

 ところが、ちょうど今大学生の世代、企業に新入社員として入っている世代は、それらの世代の“谷間の世代”としてコミュニケーション教育がスッポリと抜け落ちてる。そういう意味で、小・中学校でやっている演劇教育と我々が展開している企業における演劇教育とが並行して動いていくことによって、少しでも多くの人が「文化の自己決定能力」を身につけるための手助けができればと思っています。

次号の予告次回は、平田オリザさんが今、面白がって研究をしている「ロボット演劇」がテーマ。ロボットに演劇をやらせるとはどういうことなの? 心がなくてもコミュニケーションは成立するの? 劇作家が認知科学の領域に踏み込む、その理由とは――。

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